さよならが

早川順子は長谷川一夫似で、寺の娘だった、背が高く、女にしては妙に横幅があり、顔も派手で目立つ、足だけ上半身と全く違って形を整えてある。私の従姉にそんな娘がいる。「今日ね、放課後早川さんがモデルになって絵の上手な人達が集まって絵を描くのよ。」私の何かを知っているようなその意地悪な調子。私に言う必要のないことをわざわざ言いに来るのは何時ものことだ。小学校一年だった、私は文部大臣賞を取った。廊下の掃除をしている子をクレヨンで描いた。先生の要求に応えることは私には何より嬉しい事だった。先生はそれが文部大臣賞だとは言わなかった。私はまだ文字を習い始めたばかりで漢字は読めなかった。母は忙しく、父も忙しかった。私は絵が描けるという意識だけは、その時、深く、手を精一杯広げたように揺らぐことなく根付いた。

早川の家族は全員長谷川一夫の顔で、その妻と姉は原節子に瓜二つ。もう一人は早川由美。長尾ひでみが電話を切ろうとするとそれを見ているかのように、焦った声で急に、「早川さんは医者の愛人なのよ。」と言った。「早川さんは奇麗だから、もてるのね。」と言うと黙った。不満があるのか?何が言いたいんだ?早川由美は社交ダンス部の副部長。血が出る寸前のような形の整わない唇に血の気のない白い乾燥した肌と日本人とはちょっと違う色をした目を持っていた。捻じれたような骨をした顔は私には不思議だった。私は社交ダンス部に入ってみたものの、日曜日ごとに出かける教会でのフォークダンスは楽しかったが、よく分からないな、あの黒板に書く足の裏の動きは何だ?基点が分からないもの、幾ら足の裏をいっぱい書いて説明しても、どうすればいいの?何だか何時もこんな世界には教えられない人が延々と教えて、ダンスの分からない、苦手意識を持つ、だが踊りたい人を作っているんだろうなあ。何だか考えると欲求不満。3