さよならが

撮影のプロのバイトは自然や動物や人間の絵や映像や知恵だけじゃない、人工の猿の知恵、世界の前科者の悪知恵と容姿をアマのバイトを使って入れ込む、アマのバイトを使うその瞬間、不可解な、誰がどうしようが疑問符をつけたまま絶対外せない数多くの言語や絵の散らばりが入り込む。見かけだって随分違うのにプロはそれを認めない。なぜなら彼らは昔から、機械をつけたからじゃなく、大昔から私と自分の違いに気付かない。

そんな風に作ったものを万国博覧会でどうして発表をしたがるのかさっぱり分からない。万国博覧会までには何が何でも男と女の手を切らせて男同士で妊娠、出産までできるようにしようとしているようにしか思えない。彼等にも今まではともかく、今後どうしたらいいのか分かってはいない。何だって分かっていることはないんだ。

毎日毎日雨ばかり降って、その雨も地面に滲みて決して乾かない。石油の混ざったような雨は咲いたばかりの椿を無残にも茶色に染め上げる。私は今日も美しい桃色の大きな椿が母の部屋の前で茶色くなって落ちているのを片付ける。私はセンサーを入れてそのセンサーに向かって音波を発信するために焦げて腫れ上がった関節のほぼ全てを覆い、腰には手製の電気を通さないようにしたものを二枚の下着と二本のサポーターで留め、頭にはタオルを巻き、ハンドルカヴァできつく締め、アルミで作ったヘルメットを被り、耳にはアルミの蓋で作った覆いをして殆ど着替えられもしない服を着て、セメントで固めた玄関先を掃く。なるべく姿は見せない。私の顔や声や姿や能力をTVで使うために近所中そういう会社や人が入っている。26