外に出て裏の窓のそこに立って私の部屋を眺めたら、私が何かに拘(こだわ)って何かに拘束されて、拘束するもの、それはアメリカの黒澤明つまりマッカーサーだったり、朝鮮の柳美里、あの頃は貴方の友人大阪教育大学付属中出身天理大学体操部渡辺恵二、今では性を変え、年齢を変え、経歴を変えて、山川ちほ鳥取県議会議員、選挙近くになると「セイジを知る通信」(この人どうしてこんなに人の土地に関心を持つのかしらと?と怖くなる)を発信するだったり、私だったりするのが少しは見えたに違いない。田舎育ちの私は都会のアパートの裏の窓を開けて裏にある普通の家との間の距離をないかのようにしか思えない、土地というものにまるで関心のない私は、裏の窓を開けた時、暫くしてヒキガエルがTVの上に乗っているのを見て、昔、逃げ出した。あれは東京教育大学、筑波大学の人体実験一家の悲劇の証明。父の父のためにヒキガエルを裏の排水の溝辺りで飼っていのたもかも知れない。
私は見ない、私は決して見ない。見てじいっと見てそれを知りたくない。もちろん人の何もかもまるで知りたくない。だから私はすっかり奥様で、夫は出張ばかりで、大事なのは子供だけだったのに、子供は皆、自立心旺盛で早くに離れたままになって、そのままになって、そのまま会えずに、こうしている。30
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