John Steinbeck、スタインベックは資本主義の不平等や労働者の権利についてこの小説で書いたと多くが言う。理想を追い求める時、人は平等であると口にする、またはそう信じて疑おうとしない、彼が一体何を言いたいのか、私にはまだ分からない。丁寧な描写をする作家ではある。資本主義が不平等を生むわけではない。彼がそう言ったと断定的に公言していいいのかとも今は思う。私は原文を訳しながら今読んでいる。あと何年かかるか分からないが、なるべく間違わないようにと考えると、1200日もちろん休みなしでかかる。この作家の存在は若い頃から当然知ってはいた、がきっと農業噺だと思って読む気はしなかった。「老人と海」の話なんか読みたくないと思う若い女だったから。となると題の付け方次第で読者は増える。私は葡萄作りの話じゃないよという意味でも「悲憤という葡萄」にした。いい題名でどんどんスタインベックの著作物が好きになりそうな気がする。
不平等を懼れることはない、私は不平等を失くそうとする組織的活動についてかなり批判的な人間である。みんな同じきれいな顔、みんな同じきれいな服に靴に跡何がおんなじだったらあなたは満足するの?私は例えば貧しくてだけどセンスがあって誰かが着るとおかしな服を素敵な感じにしたい。お金は幾らあってもいいかと言えば、別にそんなになくてもいい、ないなりの生活をすればいいし、私の個性を生かした暮らしぶりはないからこそ可能。平等も夢、権利も得られない、そんな時代に多くの小説が生まれた。今の小説など開けば灰が出てきそう。
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