厚生省と日本医師会が人の尿意を操作し始めたのは、私が小学校6年の時から。第2次池田勇人内閣古井善美厚生大臣が始めた。私は1960年小学校5年の或る日、突然家でおねしょをする。夢の中で尿意を催したのでそのまましてしまった。小学校6年の時、休憩時間にトイレに行ったにもかかわらず、突然授業中に放尿してしまう。叔父が伊藤忠勤務という三浦明が私をどれだけ詰ったか。
担任の教師新谷は、歌手の谷道夫である。彼が私の担任だった時に、私の運動能力や体力が非常に優れたものであると分かったため、私の肺活量から、腕の長さや捻れまで変えられ、私はボールを投げることができなくなった。或る日大崎義美という同級生の男が私に突然ボールをぶつけ、私の左額から血が流れた。その日母が誂えてくれた新しい白地に水玉のような柄のあるスカートが血に染まった。大崎義美は謝りもしなかった。彼の父親は国鉄職員で、保線区勤務だったように思う。私はすっかりボール恐怖症になってしまっていた。今も私の額に傷跡がある。
その傷跡の利用が待っていた。それから少し経って小学校ではそれまでなかった夏の林間学校がある、海に行った、夜が明けると私の髪がすっかり縮れていた。私に対して、私の寝ている間に古井善美厚生大臣と新谷という教師だった谷道夫が行ったことがある。私にロボトミー手術を施し、私をロボットにしたのだ。これに協力したのが桑本ひろ子の母親である役場の事務員だ。桑本ひろ子はその後ジョーン・バエズとしてアメリカでデヴューしている。顔は私の顔、声は私の声である。
古井善美の写真はほとんどない。一枚ある写真で判断すると、高木東六であることが分かる。高木東六は女になって生きている。五輪真弓である。58
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